向津具半島沖合の手長島。松の木が植えられていた。
植林の歴史は江戸時代に遡る。
向津具半島の入口付近の沖合1kmにある手長島。車で走ると海上にポツリと浮かんでいる感じに見えるので、油谷湾のアクセントになっています。この島は江戸時代から松の木が植えられていたとの記録があったそうです。正確なことはわかりませんが、伝承されているお話しを書きます 。
まず二枚の写真を見比べてください。一枚目だけに松の木が確認できます。
次は現在の手長島。松の木は一本もなくなりました。
植林の歴史は古く江戸時代だった。
江戸時代、享保の飢饉の時(1732年)この地の庄屋であった三輪某(なにがし)が、地元民が食糧不足に苦しんでいる姿を見て、救済したいと考えました。ただこの時代はタダで米をもらうと乞食と言われる風潮があったため、彼らを救済するために行った策が、手長島に松の木を植えさせその賃金を米で支払うことでした。これによって飢えを救ったとの伝承です。一枚目の写真に見える松の木がその時の名残の松ということですが、撮影後数年で枯れてしまいました。このため昭和32年(1957年)3月、向津具半島の町有林の松50本を移植し、6年間下刈り作業を続けた結果、昭和52年(1977年)には39本が残って壮観だったようですが、現在は一本も残っていません。おそらくマツクイムシの被害と思われます。残念な話です。
次回も向津具半島に残る伝承を記事にします。