古狐は最果てに居り候

日本の山口県長門市油谷にある向津具産直市「ここや」です。向津具と書いて「むかつく」と読みます。この地は本州の西北端にあり、美しい自然と古代からの伝説が溢れる見どころ満載の場所です。「ここや」は地元の農産物や海産物を販売しながら、向津具の観光案内も行っています。

消えていったエンコ伝説。日本が経済成長するとともに。

エンコって何。

まず、先に猿猴(えんこう)について。中国、四国地方に民話として伝わる、カッパの妖怪のことで、全身毛むくじゃらで、ひとを沼や川あるいは海に引きずり込んだとされています。向津具半島では「エンコ」と言います。猿猴のことを、もっと詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。

cocoyatourism.hatenablog.com

土佐の国で起きた猿猴事件。

まずは、四国は高知県で起きた事件
天保7年(1836年)土佐の新改川で子供を襲ったとされる、猿猴の記事をご覧ください。猿猴が子供のはらわたを引きずり出し、沼に引きずり込もうとしている様子をよく表していますね。写真どころか、印刷機もなかった時代。当時としては大事件を、広く伝える手段は書き物しかなかったのですから。

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当時これだけの記録が残っているのは、大事件だった証でしょう。

 広島市猿猴川にも同じ伝説が

 この地の伝説も、高知県のものと一緒で、カッパの妖怪がひとを川に引きずり込むというものです。河畔にはユーモラスな猿猴像が建っています。

 向津具半島のとなり、掛淵川の伝説 

向津具半島から南東へ8km行くと、掛渕川があります。この川の南側の土手は、今でいえば国道に当たる重要な交通路でした。そして川沿いには大きな松並木がありました。その並木越しに、白帆の船が滑るように走る風景はまことに風情のあるものでした。その松並木の一本が、川面を這うように、4~5mも水面に平行に伸びて、その先が上に伸びておりました。早朝や、夕暮れ時には、エンコがこの松の枝に腰かけて休んでいる、と言い伝えられ、この松を「エンコ松」と呼ぶようになりました。

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河畔には松の木は全くありません。伝説のイメージを、筆者の想像で描きました。

向津具半島に伝わるエンコ伝説を集めると

掛淵川の伝説(写真右下オレンジのマーク)を含めると、筆者の調査では七つの伝説を確認できました。

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 https://maps.gsi.go.jp/development/ichiran.html

向津具半島には、この他にも大小含めて、多くの ため池があります。おそらくエンコ伝説はいくつもあったと思われます。その全てが、戦後日本の経済成長により、消えて行きました。他の地方も同じだったことでしょう。その理由は次の通りだと思います。
①非科学的であること。
②沼や河川、海岸の安全設備が充実し、管理も行き届き始めたこと。
③地方の過疎化により、子供の水難事故が減少したこと。
エンコ伝説は、やはり消えていくのが望ましいことです。ただ歴史の中にだけ、残るべきものでしょう。